スカーフ論争とは何か; 第1編 政教分離の憲法学(リベラル・デモクラシーにとってのスカーフ問題;フランスにおける政教分離の伝統とイスラーム;多文化主義の挑戦を受ける「フランス共和主義」;ドイツの政教分離—ルディン裁判は何をもたらしたか) 数学についてのサイエンスエッセイのようなものを読んでいたので頭を切り替えて文系の本を探していた。偏った分野についての本を読んでくると飽きてくるのでリフレッシュという意味を込めて「フランス7つの謎」という新書を借りてみた。3日くらいで全部読んだのだがユーロ危機で何かと話題なヨーロッパの大国について少しわかったような気がした。, ・第一の謎:なぜ政教分離をめぐって延々と議論が続くのか La laïcité a vu le jour en France avec une loi votée le 9 décembre 1905. 政教分離と宗教的自由 : フランスのライシテ 著者 小泉洋一 [著] 出版年月日 1999 請求記号 UT51-99-R548 書誌ID(国立国会図書館オンラインへのリンク) 000000340791 DOI 10.11501/3155600 公開範囲 国立国会図書館内公開 詳細表示 資料種別 (materialType) Book フランスにおける政教分離の原則は、「ライシテ」と呼ばれています。フランス革命の理念である「自由・平等・博愛」を実現する一環として、国家制度として確立されていきました。 ライシテは、国家の宗教からの中立性と、個人の信教の自由を保障するという両面から成り立っています。� Cette loi a … ある一人のイスラム教の女子中学生がスカーフを被って登校し、それが原因で校門で追い返されたのです。 イスラム教の戒律では女性は人前で髪を露出してはならず、そのため外出の際、スカーフの着用が義務付けられています。 しかし、宗教的なシンボルを学校のような公共施設で身にまと� フランスの宗教状況を見ていきましょう。カトリック教徒が比較的多いものの、その割合は過去数十年の間に縮小し、現在は無宗教割合が増えているなど世俗化が非常に進んでいます。フランスが持つ歴史は「現代世界史の幹」とも表現されるなど、近現代のヨーロッ | フランスでたびたび起こるイスラムの「スカーフ論争」 。何がよくて、何がダメなのか?今までフランスで物議をかもした、スカーフ討論について。 2019年、フランスで大物議中のデカトロン「ランニング用ヒジャブ」をめぐる論争など、フランスでの反応を紹介。 筆者はフランスの極右勢力について言及している。彼らの言い分はこうだ。「俺たちは異なるアイデンティティを尊重するぜ。でもな俺たちのアイデンティティを他の人が汚すようなことはあってはならないぜ」というものだ。違いを認めると言われるとポジティブな印象があるがここではネガティブな意味で使われている。よく国際社会について述べるとき「これからは多様な価値観を受け入れて行こう」というフレーズを良く聞く。僕はこれまでこのフレーズは否定しようもない完全な善の言葉に聞こえていた。しかし寛容さとは何かについて考えた時このフレーズは否定的な意味にもなりえる。「僕と君は違う。君の個性派大切だから僕と違っていてもOK」というのと「僕と同じようにしろとは言わない。でも僕と違うんだから、あっちに行ってよ」とでは全然考え方が違うだろう。, じゃあどうすれば良いのかという疑問に辿り着く。僕は寛容な精神を持ち、君の個性はOKみたいな態度を取りたい。でもそれを取るのは難しいと思う。単にはじめからこのような正解があると思いこみ、「寛容な精神を持とう」と心の中で念仏を捉えても素の自分が出てそれは相手への怒りだったり偏見に結び付くだろう。そういう考えの根底には「自分が知らないものは悪」というものがある。だから相手のことを良く知らないのなら相手のことを知ろうとしなければならないだろう。それについてはまじめな議論をするのが良いのかもしれないがそういうことをいきなりすると憚れることが多いし女の子に嫌われてしまうだろう。筆者は議論が必要だと述べているが僕はただ一緒にご飯を食べるだとか、一緒に学校から帰るということだけでいいと思う。同じ時間を過ごすことが何よりも大切であろう。, ある一つのフランスの謎「政教分離」について考えるだけでこれからの未来を生きていくうえでとても大切なことを考えることができたと思う。この本を読む時間はとても有意義だったと言えよう。, 松本人志と放送作家の高須光聖によるラジオ番組「放送室」。放送室のまとめサイトを作りました。随時更新中です。, naoyashigaさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog 政教分離原則(せいきょうぶんりげんそく)は、国家(政府)と教会(宗教団体)の分離の原則をいう 。 また、教会と国家の分離原則(Separation of Church and State)ともいう 。 ここでいう「政」とは、狭義には統治権を行動する主体である「政府」を指し、広義には「君主」や「国家」を指す 。 アメリカの各国における、政教分離、宗教団体に関する法制度、宗教団体に関す る課税制度、宗教団体と社会活動などについて記載している。 海外諸国の宗教に関する状況は極めて多様であり、また、それぞれの国ごとに 宗教をめぐる社会的、文化的伝統は異なっている。このため、各国の国 政教分離とは政治と宗教を分けて考え、お互い干渉しないようにする考えである。これはフランス、日本両国に共通した考えである。, 1989年「スカーフ事件」と呼ばれる出来事がフランスで起きた。内容はイスラム教の女子中学生がスカーフを被って登校し、学校側がスカーフを被るなという要請をし校門で追い返したというものだ。宗教的なシンボル(ヘジャブ)を学校のような公共施設で身にまとうことは政教分離に反するという見解であった。この事件は当時大論争を引き起こした。ヘジャブを認める是非を巡って学者、ジャーナリズム、国会や大統領までもが巻き込まれた。困り果てた政府は国務院と呼ばれる法令の最終判断を下す行政機関に判決を委ねた。結果はヘジャブを着用することは政教分離に反しない。しかし改宗や宣伝を強要したりしてはダメというものだった。結局、この女子生徒は教室ではヘジャブを着用しないことになった。しかしこれにはまだ解釈の余地が残されている。教室はダメでなぜ廊下や校庭では良いのかと疑問に持つ人もいるだろう。そういうこともあってその後国務院はヘジャブの学校での着用を違法にしたり、合法にしたりした。これでは混乱を招くだけなのでジャックシラクは2003年「公立学校における宗教的シンボル禁止案」を制定した。宗教的なシンボルというのはヘジャブだけではない。十字架やユダヤ教の帽子なども含まれる。Tシャツに十字架が書かれていてもダメなのだろうか。, 日本では同じ政教分離の形をとっていても受け止め方は違うだろう。例え学校でスカーフを被ったムスリムがいても「まあ人それぞれ宗教はちゃうし、いいんちゃうのー?人に迷惑をかけてるわけじゃないし。」といった感想を持つのではないだろうか。ここにある日本とフランスの違いは何なのだろう。日本は「政治は宗教に口を出さない」フランスは「宗教は政治に口を出さない」という風に政教分離を捉えている。, フランス革命が起こる前を「旧体制(アンシアン・レジーム)」と呼ぶ。旧体制下のフランスは国教をキリスト教とし聖職者が政権を握っていた。教会や修道院は土地をたくさん持っていたので力を持っていたからである。人々は教会の鐘で時刻を知るといったとても宗教と密接な暮らしをしていた。ところが1789年フランス革命が勃発する。革命を支持勢力は「共和派」と呼ばれ旧体制を否定した。旧体制を否定すると言うことは教会を否定することであった。つまり人々の生活の中心であった教会を否定し、新しい体制の中で暮らしていこうと提案するというものだった。共和派と教会は当然仲が悪くなり分裂した。長い闘争の上、共和派が結局勝利し1905年に政教分離法を制定した。このような流れから政治や学校などの公共領域に宗教を持ちだすことは、共和派のアイデンティティを侵害するものというわけだ。, でもこれは厳しすぎるのでは?というのが僕の感想。日本人的な思考なのか寛容に「別に良くね」という風に考える。政教分離と他者の考えを尊重するという態度は日本では矛盾しないだろうと思われるがフランスでは違うようだ。, 筆者は次になぜフランスが長期間にわたってスカーフ事件でもめたのかについて考察している。フランスの政教分離の経緯を考えると悩む必要もなくNOという答えを出しても不思議ではない。しかしそうならなかったのは理由がある。問題の女子生徒がイスラム教徒であったからだ。1980年代からヨーロッパ諸国ではイスラム教移民との付き合い方について活発な議論が行われていた。北アフリカのチュニジア、モロッコ、アルジェリアを旧植民地に持っていたフランスも例外ではなかった。移民はフランスの生活様式をありのまま受け入れるのではなく、自らの文化を守ろうとして周囲の人々と仲が悪くなることもあった。フランスでは国籍について出生主義をとっている。フランスで生まれたら皆フランス人というものだ。移民が増えるたびに彼らの子孫はフランス人になっていく。しかしフランスの様式を完全には受け入れていない。なのにフランス人? 「論文BOX」の中から選んで、各論文の概要やねらい、読みどころについて紹介しています。, 2003年から2004年にかけて、フランスで「イスラム子女の公立学校でのヘッドスカーフ着用を認めるかいなか」が、国を二分するような議論になりました。, この年の秋、パリ近郊の中学校で、イスラム系の2人の女子生徒が「校内でスカーフを着けている」ことを理由に、教師から「教室に入ることを禁止」されたのです。学校側の言い分は、「イスラム子女のスカーフは宗教性が強く」、また「体育や科学の実験のときに危険である」というものでした。, 事件はメディアにも大きく取り上げられ、激論を呼び起こしました。他にも同様の事件が続き、論争は長期にわたりました。, そして、2004年、公立学校において「大きな十字架やスカーフ、キッパ(男性のユダヤ教徒が頭にのせている小さな帽子)などの目立つような宗教的しるし」の着用を禁止する法律が制定されました。, イギリスやドイツなど他のヨーロッパ諸国でも、多数のイスラム系移民を受け入れています。しかし、スカーフ着用が大きな問題になったことはありません。なぜフランスでは、これが熱い議論を呼び起こすのでしょうか?, 「ライシテ」とは政教分離、非宗教性、世俗性などを意味する概念であり、国家や学校などの公的な空間から宗教色を一掃するという「非宗教性」も、ここからきています。, しかし、それでは「宗教的しるしの禁止」は、信教の自由を定めた同国の憲法や国際法に違反しないのでしょうか?, この問題は、国家と宗教、国家と教育、非宗教的国家が国民を統合する方法などの根源的な問題にかかわってきます。, 「ライシテ」は、フランス革命以来、200年をかけて築いてきた「宗教共存の原理」ですが、イスラム人口が500万を超え「フランス第2の宗教」となった今もなお有効なのかどうか――。それが問われているとも言われています。, たとえば、昨2005年秋から拡大したパリ郊外の若者による「暴動」も、背景には、イスラム系移民の2世、3世が抱いている「差別と貧困への不満」があるとも指摘されています。, この論文では、そうした「イスラム・ニューエイジ」にも触れており、フランスの「今」と「未来」を考える糧を与えてくれることでしょう。, Copyright © 公益財団法人 東洋哲学研究所 The Institute of Oriental Philosophy. 外国人受け入れの先進事例に学ぶ フランス ... の「政教分離法」が元となっていて、いかなる宗教も優遇せず、公共の場に持ち込ませない代わり� 内容はイスラム教の女子中学生がスカーフ… not good but great プログラミング、アート、映画・本の感想について書きます。 2011-11-27. ライシテは、教育と宗教を切り離す原則(政教分離)で、フランスの基本理念の1つです。 1945年の12月9日に、ライシテが誕生しました。 ライシテって? 1分42秒。 トランスクリプション. この法律が生まれたきっかけは、2009年6月に当時の大統領サルコジが宗教上の理由によるヴェールはフランスに歓迎されないと述べたことにある。サルコジは、法律の目的は女性が顔を隠すよう強要されることから守り、フランスの政教分離を擁護するためだと述べた。世論調査では80%が法律による禁止に賛成した。 イスラームの知識人たちは、ヴェールで顔を隠すことはイスラームの教えではなく、コーランにも書かれていないが、ムスリム文化の伝統であると述べた。アメリカに住む著名なイスラ… 「現代フランス社会における『ライシテ(政教分離)』概念の変容―イスラム子女のスカーフ問題をめぐって」 [PDF 1,799kb] 執筆者 満足圭江氏(東洋哲学研究所ヨーロッパ・センター研究員) 『東洋哲学研究所紀要』の第20号(2004年)に掲載された論文です。 [ライシテ] フランスの政教分離は特にライシテと呼ばれ,独自の「共和主義/普遍主義」に 淵源を持つと説かれることがある。ライシテは時に宗教に対して好意的でないとも言われるが, これは大革命期の「非キリスト教化」の素朴な印象を延長したものに過ぎず,実際はロベスピエ ールをは 政教分離法/ライシテ. 皆さん、どーも!ポチタマです。 今回は、 フランスがヨーロッパで一番 テロの発生率が高い国である理由とも 深く関係のある フランス独自の政教分離概念 「ライシテ」が 成立していった歴史 を簡単にまとめながら 実際に「ライ […] ライシテ(仏: laïcité; 形容詞 ライック laïque)とは、フランスにおける教会と国家の分離の原則(政教分離原則)、すなわち、(国家の)宗教的中立性・無宗教性および(個人の)信教の自由の保障を表わす。説明的に「非宗教性」という訳語が当てられることがあり、ライシテの成立過程について (laïcisation の訳語として)「非宗教化 / 世俗化」(=社会における宗教の影響力の減少) という語が用いられることもある。また、日本のメディアでは「世俗主義」と訳されることもあるが、これは英語の s… ?という疑問が浮かぶ。このような出生主義を取る国ではフランス人をフランス人にたらしめているものが必要だ。それはその国のルール、つまり法律である。フランスでは国民はおのずからそこに「ある」ものではなく「つくる」ものなのだ。国民がいないと国自体がやっていけない。政府は国民を作らなければならないのである。フランスには勿論寛容な態度を取る人もいて彼らがこのルールに疑問を呈したからスカーフ事件は大論争を巻き起こしたのだろう。, 自分の宗教や異質性をアイデンティティとしている人にとってフランス政府が同化、つまりフランスのルールに従わせようとしてることはとてもおせっかいで「ウザい」ことだろう。これだけ考えるとフランスはなんて住みにくく寛容じゃないんだと思うだろう。しかしもし同化を受け入れた場合はどうだろう。フランス人と認められフランス人として生活が出来るというメリットがある。実際サッカーのフランス代表であったアンリ選手などは移民であろうがストライカーで多くのファンを魅了した。, 一方で日本は血統主義である。日本国民の子は日本人であるというものだ。だからフランスと違って日本人ははじめから「ある」もので、「つくる」ものではない。ということは国民を国民たらしめているルールがないから他の国の人々がそのルールを破ることができないことになる。つまり日本国民は他の国の人々から干渉されることはないので多様性を広く受けれていることになる。果たしてそれは本当だろうか。在日朝鮮・韓国人の差別問題をみればわかるようにそんなに多様性を受け入れているようには見えない。同じ日本人の中でも他の人と違ったような人がいればその人は差別されたり嫌われたりすることが多い。 フランスという国は、政教分離の徹底した国で、最近ではムスリムのスカーフが学校の教室で禁止されたことからも分かるように、教育現場における政教分離は特に徹底しているという印象がある。我々から見ると、「それくらい・・・」と言いたくなるようなことなのだが。 「政教分離」で片付けられない事情があるんですね。 (※フランスでは政教分離の考えから、2004年以降、公立高校で宗教的シンボルとなるような衣類の着用が禁じられており、イスラム教徒の女子生徒のスカーフ着用の是非がよく問題となる) 1905年フランスで成立。信仰の自由、公教育での宗教教育の禁止などを定めた。これによってフランスの政教分離の原則(ライシテ)が確立した。1989年以降、イスラーム系移民の増加により原則が動揺している。 ブログを報告する. 書評. フランス政教分離問題と寛容さについて.